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地震大国に住む私たちの「安全な家づくり」


私は、従来から「大地震に強い」ことを最優先に家づくりに携わってきました。家は何よりもまず家族を守るためにあると考えているからです。
 なぜそう考えるのか。それは、言うまでもなく、日本は世界有数の地震国であるからです。阪神・淡路大震災では、家が凶器と変わり、家族の笑顔を奪っていきました。ここで、少しだけ私たちの住む日本列島と地震の関係について、ご説明したいと思います。



震災後数年は大きな余震が続く


 地震を起こす原因は、地球の表面を覆うプレートにあるとされています。プレートとは、簡単に言うと、数十キロから200キロもあるような分厚い板状の岩石です。
 日本列島は、まさに地殻変動の交差点のど真ん中にいるようなものです。北米プレート、ユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートと、4つのプレートが交差する地域です。
 プレー卜が接し合うところでは、一方のプレートが他方のプレートの下に沈み込みます。このとき、プレート同士に圧力がかかり、歪みが蓄積され、この歪みを戻そうとプレートが跳ね返すときに地震の大きなエネルギーが生まれるというわけです。
 ちなみに、東日本大震災では、一度に3箇所のプレートの断層がずれることで、マグニチュード9.0という巨大地震につながりました。
 この地震と発生の条件が極めて似ているのが、2004年に起きたスマトラ島沖地震(マグニチュード9.1)です。日本もスマトラもプレートの沈み込んだ地帯に位置しており、同じような構造を持っています。

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 一般的にはあまり知られていないかもしれませんが、スマトラ島沖近辺では、震災後も断続してマグニチュード7以上の大きな余震が発生しています。
 2005年3月(マグニチュード8.6)
 2007年9月(マグニチュード8.5)
 2009年9月(マグニチュード7.5)
 2010年4月(マグニチュード7.8)
 2010年5月(マグニチュード7.2)
 2010年10月(マグニチュード7.7)
 このように地震が起きてから6年後に至るまで、実に6回もマグニチュード7以上の大きな余震が起きています。
 そして、この度重なる余震活動は、この段階で止まったわけではありません。このデータは、日本にも同様の大きな余震が長期間にわたって発生することを警告しています。
 また、当地では、度重なる津波の被害も報告されています。そして、巨大な余震活動によって火山活動も活発化していると言います。



より万全な対策が必要な時代に


 日本でも、東日本大震災は決して終息したとは言えません。長いスパンで考えると、引き続き警戒が必要なのは間違いないのです。
 そして、地震活動は日本各地で連動しています。どの地域でも、過去を振り返れば大地震に見舞われた歴史を抱えています。
 中でも東海地震、東南海地震、南海地震などは高い確率で発生が予想され、3つの地震が同時に発生すると、大きな被害が起きることが懸念されます。
 東京など都市部でも直下型地震の危険性が指摘されています。関東大震災以降、南関東地域ではマグニチュード7クラスの地震は発生していません。しかし、地震のエネルギーは蓄積されていることが予測できます。
 東京大学地震研究所の研究チームのまとめによると、首都直下地震の発生確率は「今後4年以内に70%」と試算しています。これは首都直下を含む南関東の地震発生確率を「30年以内に70%程度」とする政府の地震調査研究推進本部の評価と比較して、かなり切迫した予測となっています。
 つまり、私たちの住む日本は、これから大地震の危険性が高い時代を迎えたということになります。これから日本で暮らしていく上では、安全に対する備えが求められているのです。



私か被災地で見聞きしたこと


 私は2011年の8月に宮城県の被災地に改めて入り、津波で流された家の状況を視察したり、地場ゼネコンの経営者に会ってお話を伺う機会を得ました。
 そこは仙台空港からもほど近い、仙台市若林区荒浜という地域。街には川幅が非常に大きな阿武隈川が流れており、海から3~4キロ程度離れたところに、大きな橋が架かっていました。水面から橋桁まで優に10~15メートルくらいはありそうな立派な橋でしたが、津波は街を飲み込みながら、その橋を乗り上げて、川を逆流していったといいます。
 地元の人たちの間では、地震が起こる前はこう言われていたそうです。
「これだけ幅のある川が流れているのだから、津波が来ても、この川を逆流していく。街は無事だろう」
 この地域では、普段から津波警報が発令される機会が多かったと聞きました。ですから、警報が出されても「またサイレンが鳴っている」というくらいの感覚で、誰も地域を壊滅状態にさせるほどの大津波が来るとは信じていなかったといいます。
 誰も信じていないのですから、備えも十分ではなかったことが推測されます。
 震災当日は、津波の第一波が引いたあと「第一波の津波が引いた」とアナウンスが流れたそうです。そのアナウンスに安心してしまい、一度避難した人が自宅に帰ろうとしたのだと言うのです。そこに大津波の第二波が来て甚大な被害が起こったとのことでした。
 お会いした社長さんがおっしゃっていたことで、印象に残った言葉がありました。
「冷静な判断のもとに、逃げることに真剣だったかどうかが、生死の境目ではなかったのではないだろうか」
 その会社では、津波発生時、多くの近隣住民に呼び掛け、会社の屋上に集めて津波をまぬがれたといいます。屋上には太陽光発電も設置されているため、臨時の避難場所として機能したのです。
 以上のような例を見るにつけ、学校や職場のリーダーをはじめとする一人ひとりが、正しい情報と判断能力を持つことが極めて重要であると再認識しました。



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