どんな地震でも揺れない家の作り方 EARTHQUAKE

14. 断震住宅という発想もある


 近年、免震住宅の考え方を進化させた住宅として、断震住宅というものが登場してきました。これは空気の力で基礎から上の部分を持ち上げて、揺れを断つ「エアー断震」というシステムを用いたものです。
 このシステムは簡単に言うと、二重の基礎を作っておき、地震の揺れを感知すると、その基礎の間に空気を入れる仕組みです。そのため重さ100トンもあるような一戸建て木造住宅を一瞬で浮かせることができます。一般的には、震度3~4を感知すると浮上するように設定されています。家そのものを浮かせるため、大地震が起きても揺れを感じないというわけです。
 地震波には、P波とS波の2種類があります。P波は地震が起きたときに最初に発生する初期微動を指します。S波は、P波のあとに発生する主要動(大きな揺れ)を指します。
 携帯電話などで受信する緊急地震速報は、P波を観測して得た情報をもとに、S波が到着する前に伝えるという仕組みです。
 このエアー断震は、P波を感知して作動するように設定されています。そのため大きな揺れを伴う地震が起こった際も、家の中では、ほとんど大きな揺れを感じることなく過ごすことができます。
 東日本大震災のときには、このシステムを設置したすべての家で正常に作動し、十分に機能したことが報告されています。実は、先年新築したばかりの私の実家も、その中の一軒です。
 そもそも私か、エアー断震というシステムを知ったのは、これを開発した会社のホームページを見たのが最初でした。
 一見して画期的なシステムだと感じたのですが、とにかく開発者に会って話を聞くことにしました。連絡を取って、すぐに先方の会社まで出かけたのです。開発者の説明を受けることで、よいシステムであることを実感しました。
 エアー断震は、コンプレッサーという圧縮空気を作る機器から空気が送り込まれますが、このコンプレッサーもホームセンターで売っているような一般的なものです。また、万が一、エアーもれがあった場合は、コンプレッサーが回りますので音で知らせてくれます。
 先ほど、免震装置はシンプルな仕組みが望ましいとお伝えしました。このシステムも、まさに「空気で家を浮かせる」というシンプルな原理で成り立つものであり、私の考えるシンプルな仕組みの優位性とも合致していました。
 そもそも、普通の免震装置は、地震が起きてみないと実際に作動するかどうかわかりません。「今回は想定外でした」と言ったところで、一度受けてしまった被害は取り返しがつかないのです。
 しかし、エアー断震の場合は、実際に機能するかどうか、スイッチを入れるだけで日常的にチェックすることが可能です。
 総合的に見て、すぐれたシステムではないかと考え、私の会社でも取り扱うようになったのです。

実際にエアー断震の威力を体感

 このエアー断震を導入した実家は、東京にある私の会社の事務所に隣接した場所にあります。東日本大震災の当日、まさにその場で地震を経験することになりました。
 私はそのとき、職人さんとともに外で作業をしていましたが、揺れが激しく、何かにつかまらないと立っていられないような状況でした。そのような状況で、エアー断震の家が浮上する瞬間を目の当たりにすることになったのです。
 当初の緩やかな揺れから、大きな揺れへと変わってきたところで、「プシュー」という空気音がして、建物が瞬間的に浮き上がりました。地震の揺れは続き、周囲の住宅も当然のように大きく揺れているのがわかりました。しかし、浮上した実家の建物の揺れは、明らかに止まったのです。
 実家の建物は3階建てです。1階は打ち合わせ用のスペースとなっており、当日も社員が打ち合わせをしていたのですが、大きな揺れは感じなかったと話してくれました。窓の外にある自転車置き場の自転車が、見たことのないくらいに大きく揺れているのに、その見た目と実際の体感とのギャップを感じたそうです。
 私の母はそのとき、2階で昼寝をしていたといいます。最初のわずかな揺れを感じて「揺れているな」とぼんやり思ったそうですが、そのまま起きずに寝ていたそうです。
 建物自体も強固に作っているので、実際の震度に比較して揺れは小さく感じます。なおかつ、揺れが大きくなった時点でエアー断震が作動しているので、昼寝が妨げられなかったというわけです。
 父は3階のリビングにいました。エアー断震の空気音を聞いて、誰かが誤ってスイッチを押したのではないかと思い、確認のために階段を降りてきたそうです。この階段を降りている時間が、最も地震が激しかった時間帯に相当します。通常であれば、激しい揺れでとても階段など降りることはできないでしょう。
 父も母も、それほど大きな地震があったことが信じられない様子でした。その間にも、近所の人たちが「とても怖くて家にはいられない」と家を飛び出してきました。
 しばらくすると、テレビの画面にお台場のテレコムセンターで起きた火災の映像が映し出されました。そして、その後、あの巨大津波の映像が飛び込んでくることになります。
 そうした状況を見た両親は、ようやく、とてつもなく大きな地震が起きたことを理解したのです。
 その後しばらくして、小学生の息子が先生のつきそいを受けながら下校してきました。私は息子にこう言いました。
「家にいると危ないから、おじいちゃんの家に避難しなさい。あの家が一番安全だから」
 そうして、私たち夫婦も、当日の夜からしばらく実家に寝泊まりするようになりました。

家が「揺れない」という安心感

 エアー断震の家を体感することで感じたのは圧倒的な安心感でした。
 当時は、テレビやラジオで頻繁に緊急地震速報が出され、携帯電話でも緊急地震速報を受信していました。会社にかかってくる新規のお客様からのお問合せで、「地震が怖くて夜も眠れない」「子どもが緊急地震速報の音に脅えて泣いている」という声をよく聞きました。
 しかし、実家にいる限りは、圧倒的な安心感がありました。大きな余震が起きても揺れをほとんど感じないので、恐怖感がなかったのです。
 私は、人間は何事も体験してみないと本当のところはわからないと感じました。これまで私自身、「耐震住宅より制震住宅がいいですよ」「制震住宅より断震住宅のほうが安心ですよ」とお客様にお伝えしてきましたが、ここまで安心感に差があるというのは、実際に体験して改めて実感したのです。
 2011年3月11日の夜、帰宅難民の人々で東京のターミナル駅や繁華街はごった返しました。都心から自宅に帰る人たちの長い行列もできました。携帯電話がほとんど通じないような状況で、家族の安否を確かめるために、寒さも厳しい中を歩き続けたのです。
 中には、10時間近く歩いて郊外の自宅にたどり着いた人もいました。多くの人に共通するのは、家族への想いだったのではないでしょうか。
 私も仕事の都合で、家を留守にする機会が少なくありません。家族が遠く離れているときに大地震が起きたら、すぐに会えなくても、自宅で安全にしていることがわかれば大きな安心が得られるはずです。そう考えると、家が安全であることがどれだけ救いになるかわかりません。

震災後に問い合わせが殺到

 私のように家族を持つ多くの方が、同じような考えを持ったのでしょう。大震災のあと、私たちの会社には、連日多くの電話が鳴り響くことになりました。同時にインターネットを通じた問い合わせも数多く寄せられました。
 その多くが、「耐震住宅で家を建てたのだけど、怖くて仕方がない」「子どもが怖がるので、家を建て替えたい」「リフォームで揺れない家にすることはできませんですか」というものでした。都内では他社に先駆けて私の会社がエアー断震を扱っていたため、問い合わせが集中したのです。
 問い合わせはお客様からにとどまらず、報道各社からも殺到しました。私もしばらくは取材対応に追われることになりました。そうした場で、 「あの地震のときに、昼寝をしていた人が起きなかったくらい、この家は揺れなかったんです」
 などとお話しすると、皆さんが一様に驚かれていました。確かにあの大きな揺れを体験した人から見れば、信じられないように感じるのも当然と言えるでしょう。
 震災からしばらくの間、私たち家族はエアー断震の家で、熟睡することができました。その頃は度重なる余震があり、あの緊急地震速報に恐怖を感じて、どうしてよいかわからず、不安を募らせていた方がほとんどだと思います。私たちはそうした中、テレビで緊急地震速報のテロップが表示されると、一瞬だけゾッとするのですが、怖いという感覚はあまり生まれませんでした。大きな揺れを感じることがないからです。
 断震住宅の中にいると、あいつぐ緊急地震速報後にも、実際にどれくらい揺れているのかがよくわかりません。窓に近づいて外の電線の揺れを眺めているようなことが何度かありました。
 東日本大震災から数日後に、静岡県で震度6の大きな地震に見舞われたことがありました。そのときも、エアー断震の家に住んでいた地元の人の話によると、地震が起きたことに気づかずにそのまま寝ていたということでした。翌朝になってテレビをつけて、初めて地震のことを知り驚いたといいます。そして外に出て周囲の光景をみて、その被害の大きさに気づいたそうです。
 彼らはまさに、私の両親と同じような体験をしたわけです。特に、静岡で起きた地震は直下型とのことですから、地震の揺れを感知して、建物が実際に来る大きな揺れよりも先に浮いたことで、いっそうその効果が感じられたはずです。

これからの普及に期待

 もともと私は、保険のつもりで実家にエアー断震を導入しました。「家」という資産を守るための保険という意味です。しかし、実際に大きな地震を経験してみると、家族の安全が守られるという安心をより強く感じることになりました。
 これまでお客様とその家族の安全を守ることを大切に家づくりに携わってきましたが、今回改めて安全という言葉の重みを改めてかみしめることになったのです。
 もちろん、人間が作ったものである以上、エアー断震も完璧なものであるとは断定できないでしょう。「これさえあれば絶対安全」などという技術への過信が、今回の震災による被害を大きくした事実を、私たちは忘れるべきではないと思うからです。
 ただ、現状を見渡す限りでは、最良のシステムではあると私は考えています。
 従来の免震装置と比べてコストパフォーマンスがよいのも魅力のひとつです。免震装置の標準的な価格は、付帯工事などを含めると、500万~1000万円。これに対して、エアー断震は地盤が悪い土地に設置したとしても500万円前後の予算内で設置可能です。
安定した地盤のもとでは、もう少し低価格で設置ができるでしょう。
 私はお客様にこうお話しすることがあります。
 「エアー断震は、高級車1台分くらいの値段です。キッチンも、豪華な設備を取り入れようとすれば、クルマー台分くらいのお金はかかるものです。価値観は人それぞれでしょうが、どちらがいいかと言われれば、私は安全な家に住みたいと思いますよ」
 エアー断震が誰でも導入できる安いシステムであるとは思いません。一般的に、地震対策に想定する予算よりも高い買い物であるのは事実です。
 私は、興味を持たれたお客様にご説明はするのですが、「どうしても予算が・・・・」ということで、結果的に導入を見送られるケースもあります。エアー断震を導入されない場合でも、私の会社で採用している制震システムは耐震住宅よりも揺れが小さく丈夫にできているので、ご安心くださいとお話しています。
 大事なことは、家を建てられる人の予算に応じ、しっかりとした安心、安全な家をご提供することにあります。今後は、エアー断震が一般認定を取得する動きもあるので、これからの普及に期待をしているところです。